プレゼントに土曜日が欲しい


すべてに解き放たれたような、ささやかで小さな幸せな気分に酔いたーい、っと。仕事にしろ遊びにしろ、ビシッと気を張る必要のない土曜日は久しぶり、ていうか正月ぶり!

だもんで、半年ぶりに研究室に遊びに行く。流石に土曜の昼間だけあってずいぶん道が混んでたけど、街のあちこちにこんもりと桜が咲いているのに嬉しくなる。木の下で酒盛りをするより、通りすがりに愛でる方が好きなのです、実は。

この一週間ずっと気になっていた物語の断片、「芸術家の父と病弱の母、ひとり息子は父親を憎んでいる。父親が母親に茶を入れるように言う…」ていうのが、あろうことか美味しんぼのいちエピソードだという事が判明して、動揺のあまり道案内を放棄する(要は道を見失った)。「お茶を焙じる母に食って掛かる→母の手を払って器具を壊す→母親ビンタパーン!」ってディテールまで完璧。脳内イメージは実写だったんだけどなー。なんだったんだ、いったい。。。

夕闇迫るくらいまでお邪魔して、ありがたいありがたいいただきものを積んでおいとまする。今日はずっと他愛もない話ばっかりしていたような気がするな。こういうなんでもない時間が、走り出す前はとても大事、きっと。

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わたくしどもExhivisionは 一日一チベットリンク運動に賛同し、"一日一チベタン・フリーダム・コンサート" をはじめます。というわけで、今日の一リンクは、イワホリによる宣言エントリに(明日からはさらっと書きます!)。

関心が無いわけではない。ニュースを見て、暗い、悲しい気持ちになる。でも、具体的に何をすればいいか分からない。何より、声を上げられる程、十分な知識も無い。あるいは、ネット上のこうした啓蒙活動は、ともすればチェーンメールやスパムのように、危機意識を過剰に煽る結果になりかねない、そんなバイアスがかかってしまう人もいるのかも。でも、問題は、現実に存在し続けている。今も。そして、今までも。

だから、「将来に対する唯ぼんやりとした不安」(c 芥川龍之介)ならぬ「ぼんやりとした弱い関心(decentrized weak concern)」(c essa氏)を持つ一人として、我々exhivisionも、この「一日一チベット」運動に参加しようと思ったわけです。
とはいえ、一応音楽ブログ。日々リンクするのは、「チベタン・フリーダム・コンサート」の映像アーカイブを予定しています。